「初見で楽譜をすぐ弾ける人がいるの?」
これは、音楽をまったくやったことがない方にも頻繁に訊かれる質問なのだけど、JAZZを勉強されてる方に訊かれるとちょっと考える。
クラシック音楽は楽譜に根ざした文化、なんてことを当然のように言ったりするけれど、本当なのかな?
「まず作曲者が楽譜を書いて、それを別の誰かが演奏する」
いまクラシックは、それが当たり前だけれど。
作曲者が演奏者でもあったころは、少なくとも現在とは違った様態であったはず。
JAZZはメロディーとコードって枠があり、それを色んな演奏家が別の形に味付けしたりしてるのかな…。
(本当にJAZZのことはよくわからないけれど私はそういうイメージを持っている。)
JAZZのような形ではなくとも、楽譜に書かれたのはただの枠かも知れない。
作曲者が演奏もしていたのなら、別の人は、その演奏を聴いたうえで楽譜を見ながら少し違った形で演奏をしたのかもしれない。
楽譜はメモ書き程度の人もいるかも。
ただイメージだけで言っているのではなく…。
「右手=メロディ、左手=和音」という簡単な楽譜が19世紀以前にたくさんあるみたい。
これはつまり「メロディとコード」なのかな、って思う。
ちょっと話は飛ぶけれど…
楽譜に規定されるのではなく、楽譜を用いて音楽を想像する。
それは心がけていたいと最近思っていること。
でも、クラシック音楽の場合は「現代の解釈で自由に想像する」ことが最も良き形とは限らない。
「自分の解釈で良い」という価値観を持っている演奏家が多いけれど。
「ポップスもクラシックも同じスタンスで」
偉い人がそう言うからって文字通り受け取っている人が増えているような。
自由なことは良いけれど、そこには踏まえておかなければならないことが山ほどある。
「楽譜通り弾いていればあとは自由」というのも違う。
最近、演奏家が主張しすぎて、作曲家や時代を無視し過ぎなのかも知れない。
CDは、作曲家ではなく演奏家で選ぶことが多い。
いったい解釈ってなんなんだろう…。
うーん…
なんだか途中だけれど、この辺で。






