2010年07月28日

本能

中学のとき、中学で流行ってたような自己紹介カードの「趣味」って欄に「ピアノをじゃらじゃら弾くこと」って書いてた友だちがいた。
私とおなじピアノの先生に習ってた子だったんだけど。
面白いな、と思った。

じゃらじゃら。

よくわかるようで、不思議な表現だった。

「すべての音に意味がある。」
という人がいる。

「どの音も生きてる、殺しちゃダメ。」
ってピアノの先生に言われたことが今でも私の演奏に生きてると思ってる。

作曲するときは無駄な音は書かないようにする。

ただし!

たまには何にも考えずに手の動くままに鍵盤を走り回りたいときもあったりする。
「即興」と呼ぶかは別にして、本能で鍵盤を動き回るような作品はあると思う。
弾きやすいパッセージを繰り返して、縦横無尽に動き回る。

なにも考えずに鍵盤を走り回ると言っても、どうしても、自分の手の大きさ、それからいつも弾いてるジャンルの指の動きの影響を受ける。
それは、身体に直結してるのは間違いない。
もしも、あるジャンルの語法がしっかり身体に染み付いた人は、本能でそのジャンルの動きができるんじゃないか。

ピアノの語法、各ジャンルの語法。

仮に意識下にない動きだとしても、
機械的な動きと本能的な動きに線を引くのは難しいと思う最近。

演奏者は何を訓練してるのであろうか。
posted by whitedaydreams at 22:17| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月17日

「音が綺麗」と言われたとき

20世紀以降の音楽をたくさん弾いている、あるピアニストが「綺麗な音で弾けばどんな曲だって綺麗なんですよ」って言ったらしい。
もちろん、綺麗じゃない音楽があったって一向に構わないわけだけど、この言葉は、演奏者の存在意義みたいなものを考えさせてくれる。
20世紀以降に調性崩壊した頃の作品の構造が、直接、聴き手に不快さを与えるわけじゃない。
聴き手は、あくまで演奏者の音を聴く。

個人個人の持つ「音色」は一つの個性。
たった一つの音を聴いただけで感動させられたこともある。
こんな素晴らしい音色を持つ人がいるのなら私がどれだけ練習したって敵わないんじゃないか、と思ったことさえある。

〜・〜・〜・〜・〜・

私は、大学1年のときに音の出し方をガラッと変えた時期がある。
これはヴィオラの先生の影響。
たまたま同じ時期に知り合いのピアノの先生からアドバイスを受けていて、身体の使い方から考え直してたときだった。

ヴィオラを邪魔しない音っていうのは、ただ小さい音じゃない。
音量は大きくても邪魔しない音質を出すピアニストがいる。
邪魔する音を出してしまった場合、ピアノじゃない楽器の人には、ただ「うるさい」で片付けられてしまうことも多いんだけど、ほんとは音量じゃなくて音質の違い。
尊敬するヴィオラの先生はその点も根気づよく説明してくれて、しばらく経ったあと「変わったわね」ってちゃんと認めていただいた。

いくら色んな音色が出したいと思ったところで、それをイメージし欲しないと音色は作れない。
欲してイメージが固まっても、身体の使い方を変えないと音色は変えられない。

難しいことだけれども楽しい作業。
これからもずっと色んな音色を作っていきたい。


「音が綺麗」というのは常套句じゃないか、と感じたこともある。
どんな曲弾いてたって「音が綺麗」といえば褒め言葉になるから。

でも、他の楽器の人に言われると嬉しいのは、そんな理由から。
やっぱりピアノの音が好きだから、他の楽器の人にも認めて欲しいんだ。
そして、一色じゃなく多彩な音色を出せる様に。
posted by whitedaydreams at 23:19| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月02日

音色

歌手は色んな表情をして歌を歌う。
笑顔だと本当に笑ってるような声になるし、怒りの表情だと本当に怒ってるような声になる。
CDの音だけで聴いていてもそれはわかる。
伝わる度合いは生演奏と幾分劣るかも知れないけれど。
演奏会の場で目で見ることのできる表情は、CDとなった音にも表れていると思う。

声楽はもっとも身体と結びついている音楽だし、大抵の人はすこしは歌を歌うから、理解しやすいことだと思う。
笑顔だと口角があがり自然と声色が明るくなる。
深い声を出そうとするときは、おなかの下の方を下げるような感じかしら。

じゃあ、ピアノを弾くときの音色は?

笑って弾くとやっぱり変わると思う。
それは、ただのイメージだけじゃなくて、使う筋肉が変わるから。
「笑う」だけだとわかりにくいけど…
例えば、歌で高い声を出すときには、歌の先生に、天に突き抜けるようなイメージを持つように言われたことがある。
声楽の細かいところはわからないけれど、声を当てる場所を変えるとき、自然と身体が上に行くのがわかる。
つまり、身体全体が高い声を出す体勢になる。
全身がその「高い」位置になってはじめて、ほんとの高い声が出る。

これは、ピアノの場合でも同じ。
声は出さないけれど、身体を、声楽と同じ様に「高い」状態に持っていかないと、天上から聴こえてくるような音色は出せない。
ピアノって、音色を変えるの難しい。
身体全体で音色を求めてやっと、求めた音色に少し近づく。

ピアニストの映像を眺めていると、同じピアニストでも、若いときは無駄じゃないかと思うほど表情豊かに動いていたのが、年を取ると落ち着いた動きになる人が多いのがわかる。
それは単に身体が衰えたわけじゃない。
若いときは、明るい部分では「笑う」、悲しい部分では「悲しむ」。身体全体を、その表情の状態に持っていくために、精一杯身体を動かして、音色をつくる。
そんな若いピアニストは、年を取るにつれて、顔で笑わなくても身体で笑うことができるようになる。
全体で動かなくても、どこを動かせば良いのか、長年の経験で身に付いているから。

ピアノの場合、音色を変えるのに動かしているのは、上半身すべてだったりする。
拡げたり縮めたり、上に持っていったり下に下げたり。
筋肉のどこを動かしてるのかはわからないけれど、確かにその感覚はある。
科学的には証明し難い微妙な動きだと思うけれど。
(誰か研究してる人いるかな?)続きを読む
posted by whitedaydreams at 21:45| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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