2010年04月24日

演奏の根底にあるもの

西洋の芸術音楽に触れていない人が西洋の芸術音楽を聴いても、価値がわからないってことはよくきく。

それでも…

身体から生まれた音楽には、ブレス(息)がある。
拍がなくても。
(音楽における拍は身体の脈と同じとかいうけれど、拍がない音楽は脈がないということか?)
リズムは、ジャンルによってバラバラだから、除外かな。

通じ合うには息からかな?って何となく思ったから書き留める。
(息がない音楽はあるのかしら?あ、近現代の音楽は別として、起源の話。)
posted by whitedaydreams at 23:53| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月20日

カデンツァ

モーツァルトの協奏曲で、モーツァルト自身が書いたカデンツァがない場合は、演奏家が自分で創作する場合も多い。
ある演奏家(兼作曲家なんだけど)は、モーツァルトの作風から現代、そして自分に至るまでの音楽システム(和声、楽曲…)を織り交ぜた素晴らしいカデンツァを弾いたらしい。

即興も作曲も何もないところからスタートする。
その意味では同じ。
ただし、いくら自由に弾こうと思っていても、何らかの取り決め(制約?)がある。
その取り決めは必ずしも足枷ではないんだけど…。
(グループ即興の場合はとくに何らかの取り決めがないと難しそう。)

もしもモーツァルトの時代の和声法を使って、現代の作曲家がモーツァルト以上の作品を作ることはできないのか…と考える。
和声法を使うことは可能だし、分析によって構成を熟知することも可能。

だけど、モーツァルト以上の作品はたぶん生まれないんだろう。

いままでにない新しいものを生み出すエネルギー。
それは、その時代だからこそ起こったエネルギーとも言えるのかな。
モーツァルトが天才だとしても。


そこを我慢してモーツァルトの作風を勉強してモーツァルト風のカデンツァを書いてみようとすると、本当の意味での分析ができて、モーツァルトに少し近づいた気になれるってことも言えると思う。


(いまモーツァルトの協奏曲を勉強してるわけでもないんだけどw)
posted by whitedaydreams at 22:06| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月16日

相手がいなくても弾いている

演奏は相手になにかを伝えること、とかよく言うけれど、
伝える相手が本当にいなきゃいけないのかは、よくわからない。
伝える内容がなくてはいけないわけでもないと思う。

ことば以上にしゃべってるような演奏があれば、
まるで観客がいないように自然でステキな演奏もある。

作曲家の先生が「たとえ観客がいなくても、曲は作る。」と言っていたことがある。
クラシック音楽のジャンルは、わかる人にしかわからない曲を作り、観客が少なくなっていった面があるけれど、これは必ずしも悪い方向に進んでいったわけではないと思う。
自然とそうなったわけで、ただそれだけのこと。

上手く言えないけれど、、聴いてくれる相手がいるのは嬉しいけれど、私は聴いてくれる相手がいなくても弾く。。
そこに音楽がある限り。
posted by whitedaydreams at 19:55| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月06日

さくらさいてるね

(つづく)と書いたまま一向に続きを書こうという気にならないのですが…(笑

いきなり新年度が動き出した感じです。
巷に溢れる新入生や新入社員。
わぁ、明るいひらめき

私の場合、無理やり後ろから押し出された感じですが、
新年度も頑張りたいと思います。
忙しくても、わくわく感は忘れないように。
posted by whitedaydreams at 01:21| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月19日

自らの耳を閉ざしてしまうということ

こどもはある年齢まで、親や教師の価値観を絶対的なものとして生きているのであろう。
こどもがある年齢に達すると、親も教師も自分と同じ人間であることを理解し受け入れる。
年齢の差こそあれ、大抵の人がこの過程を通ってきているのではないか。

音楽は言葉じゃ説明しがたい。
そのことも手伝い、小さい頃の教育の大半が教師の価値観に委ねられる。
フォルテが何か、ドルチェが何か、といったものから、音楽性のある演奏とは何か、といった何歳になっても難しいものまで。
小さいときほど先生の言ったことは絶対であって、教育とはそういうものなのであろう。
個性を伸ばす教育など言っても、野放しにしておくのでは育たない。
とくに、拍感、音程、、といった言葉では説明しがたく身体的で覚える感覚は、教師にしっかり身に付いていて絶対的なものとして教えなくてはいけない。
posted by whitedaydreams at 01:13| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月25日

けっこん

知り合いで意外と近くの人が4人くらい結婚するぴかぴか(新しい)
みんな歳が違うんだ。

そろそろかなーって思ってた人もいれば、
かなり驚かされた人もいたりして。
なにか踏み切るきっかけがあったんだろうなぁ。

みなさん末永くお幸せに!って祈るのみですね。
posted by whitedaydreams at 18:42| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月13日

ブログ初め

本年も宜しくお願いします!

って時期じゃもうないですが、、ことしはじめての投稿になってしまいました。

はじめてのソルフェージュ(1) リズム編(基礎)

はじめてのソルフェージュ(1) リズム編(基礎)

  • 作者: 吉川 和夫
  • 出版社/メーカー: 全音楽譜出版社
  • 発売日: 1998/12/10
  • メディア: 楽譜



前も書いたっけ?すごくよく使っている教材です。
研究室にあるものを何回も借りていたのですが、あまりにも使うので買ってきました。
なんってことはないんだけども、拍=円というイメージをシンプルに表してあって、良質な教材だと思います。
フランスのフォルマシオン・ミュジカルの子ども用の教材ってたぶん良いものがたくさんあるのだけれど、それを使うと、日本の子どもたちにフランス語を教えてフランスの童謡を教えなければならないことになる(笑
だから、これは便利。


もともと、ソルフェージュ教育が栄えたのは18世紀後半から19世紀前半のフランス。
小節を分割して拍子を作っていく。
確固たる拍が、脈打つ。

この頃フランスやベルギーの音楽院などで学んだ作曲家の曲には、確固たる拍が流れていくのかも。
ドイツはドイツでまた何かあるんだろうけれども、そういう観点から曲を見るのも興味深いかも知れない。
言葉の影響もあるだろうし、3連符とかとくに、ドイツとフランス、何か違う感じがする。
(フランス音楽としてまず思い浮かべるであろう近代フランス音楽ではなく、もう少し前から…)
posted by whitedaydreams at 00:04| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月12日

風邪っぴき

昔は、本番のあとは必ず風邪ひく子でした。
そこまでは保つんだ、そしてダウン。

でも、大学生ぐらいから、変わってしまったんですあせあせ(飛び散る汗)

小さな本番続きの合間にダウン。
だから、本番前にダウンということも珍しくない。
風邪ひいたまま学校のロビーコンサートに出て、そのあと授業で爆睡してたことも。(あまりにも本気で寝てたから先生も起こせなかったらしい。。)

本当にただの風邪なんだけど、風邪って侮れないんだよね。
風邪を引く、ってことは、「身体が休息を求めている証拠だよ!」て知り合いの女医さんに言われて以来、なるべく休息を取るように心がけているんだけど、やっぱり引いちゃいます。。

今回の風邪はたちが悪く、
喉が痛すぎると思って木曜に耳鼻科に行ってお薬を貰い、
金曜に見てもらったらまだ喉がひどいということで漢方薬も処方され、
土曜の朝、漢方薬のせいか風邪がひどいせいか、もの凄い吐き気に襲われ、
昼食べることが出来ないまま仕事に出かけ、
帰りには、、
電車が人身事故で止まってて…。

って、全部風邪のせいじゃないんですが、大変でした。

今週も結構大変なんだけど、
無理しないで何とか乗り切りたいです。
「全力で」は無理だけど、キラキラ少しは見つけられますように。

バカは風邪ひかない、っていうけれど風邪を引く。バカなのに!!
なんと言われようと風邪は引きたくないです><
posted by whitedaydreams at 23:30| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月08日

事業仕分け


アウトリーチ活動って、地方の団体やNPOなんかもやってるからな。
それでも、圧倒的に足りてないと思うけれど。
こちらから見るとそうでも、大多数の人々はそう思わないでしょう。

ほぼ無駄としか思えない田舎のホールでの一度の演奏で、将来の大天才が芸術に目覚めるかもしれない。
大多数にとっての無駄が、極少数にとって最も大事なものかもしれない。

陰で美味しい思いをしている誰かさんのためのお金とかを削りたいんだろうけれど、本当に無駄なところだけを削るなんて不可能だと思う。
無駄な部分を削っているうちに、おそらく誰かの大事なものを削ってしまうのでしょう。

たらればの話をしてもしょうがないので、いま必要だと思うことは訴える。
そして、この状況のなかで出来ることを考えるしかないですね。

「生演奏」の意義だって、分かる人にしか分からないし。
クラシックなんて生涯聴かない関係ない人がいっぱいいるわけだし。
何もしてこなかった演奏家たちに(してる人もいるんだけど)ツケが回ってきたのでしょう。

「無駄」だの「大人」だのの話を聞いてると、エンデの「モモ」を思い出してしまいます。
同じような「大人」だらけにならないように。
posted by whitedaydreams at 01:10| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月05日

…ではないんですけど

この言葉って、最近流行ってるのでしょうか??
言いたいこと言ってるのに、なぜか否定形。

はじめ聞いたときスゴい気になった。

↑こうゆう形容詞の使い方好きだし(正しくは「すごく」だってわかってる)、ら抜き言葉大好きだし、「全然」は肯定形でも使いたいグッド(上向き矢印)
学術的論文とかじゃなければ、全然オッケーでしょ。

と思う私なんだけれど、「…ではないんですけど」とか「…じゃないんだけど」って言葉の使い方は、あんまり好きじゃない。

なんだか、すごい自信なさげだよね。
はじめから防御線引いてる感じ。

もうちょっと、まっすぐ挑戦しようよ、と思う。


でも、これもだんだん慣れてきちゃうのかも。。
posted by whitedaydreams at 01:47| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。